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高松高等裁判所 昭和58年(ネ)150号 判決

控訴人・附帯被控訴人(被告)

杉田是章

被控訴人・附帯控訴人(原告)

曽根雪子

主文

一  原判決中被控訴人と控訴人関係部分を次のとおり変更する。

1  控訴人は、被控訴人に対し、一一九〇万五三一三円及び内金一〇八〇万五三一三円に対する昭和五五年四月一四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被控訴人のその余の請求を棄却する。

二  被控訴人の附帯控訴を棄却する。

三  本件訴訟費用は、第一、二審を通じ、附帯控訴費用を除きこれを一〇分し、その三を控訴人の負担とし、その余と附帯控訴費用を被控訴人の負担とする。

四  この判決の主文一1は、被控訴人において仮に執行することができる。

事実

第一申立て

一  控訴について

1  控訴人

(一) 原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

(二) 被控訴人の請求を棄却する。

(三) 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

2  被控訴人

(一) 本件控訴を棄却する。

(二) 控訴費用は控訴人の負担とする。

二  附帯控訴について

1  被控訴人

(一) 原判決中控訴人と被控訴人関係部分を次のとおり変更する。

控訴人は、被控訴人に対し、金二二七四万二五〇二円及び内金二〇七四万二五〇二円に対する昭和五五年四月一四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(二) 仮執行の宣言

2  控訴人

本件附帯控訴を棄却する。

第二主張

当事者双方の主張は、後のとおり付加するほか、原判決事実欄第二のうち控訴人と被控訴人関係部分の記載と同一であるから、それを引用する。ただし、〈1〉原判決三枚目表一〇行目冒頭から同裏一行目末尾までを「東進する加害車と南進する被害車両とが出会いがしらに衝突したもの。」と改め、〈2〉原判決三枚目裏四行目の「入院治療を続けるも」から同裏八行目末尾までを「入院治療を受けた。右の頭部外傷の後遺症として、被控訴人には、昭和五五年症状固定と診断された右片まひ、言語障害がある。右後遺障害は、自賠法施行令二条別表の一級の三に該当し、常に介護を要する。」と改める。〈3〉原判決一〇枚目表一行目の終りに「ただし、被控訴人の後遺障害が自賠法施行令別表の一級三号に該当し、常に介護を要することは争う。」を加える。

(控訴人)

一  過失相殺について

1 被控訴人は、一時停止をしないで交差点に進入した。このことは、次の事実から明らかである。

控訴人運転車が東進していた道路の幅員は、原判決添付別紙図面表示のとおり、氏家自転車店の建物及び塀が道路に突き出るように建つていたため、交差点進入直前に約四メートルと狭くなつていた。控訴人は、前方を注視しつつ右道路を進行したから、被控訴人が一時停止の標識に従つて同図面表示の停止線で停止していれば、控訴人は被控訴人運転車両を認めることができたはずであつた。しかるに、控訴人は、交差点に進入直後控訴人運転車と被控訴人運転車両との衝突音によつてはじめて被控訴人車両に気付いた。以上の事実から、被控訴人が一時停止を怠つたことが明らかである。

2 仮に、被控訴人が一時停止後発進してから本件事故が発生したとしても、被控訴人が左右の安全確認を怠つたことにより本件事故が発生したものである。一時停止は、左右の安全を確認するためであるから、その確認を怠つて発進した過失は、一時停止をしないで交差点に進入した場合となんら異なるところはない。

3 したがつて、控訴人に見通しの悪い交差点を通過する際の徐行を尽さなかつた過失があることは否めないが、本件事故の発生については、被控訴人の過失の寄与の方が大きく、控訴人と被控訴人の過失割合は、三対七又は四対六とみるのが相当である。

二  被控訴人の後遺症について

1 被控訴人の後遺症は、頭部外傷後遺症としての右片まひ、言語障害である。頭部の傷害は、頭部外傷Ⅲ型であるが、開頭手術が要求されるほどのものでなく、その手術は行われていない。右片まひも、右半身不全まひ(しびれ感)であり、完全まひ状態ではない。言語障害は、舌のもつれによる構音障害で、大体の会話は可能であるが、難しい表現について難がある程度にすぎない。なお、脊柱はほぼ正常である。

2 被控訴人の日常生活の状況は次のとおりである。

(一) 左半身は正常で、左手で杖を支えにしてある程度の歩行は可能である。もつとも自宅では、這う方が便利なので這つて体を移動している。

(二) 自力で用便できる。

(三) 自力で寝起きできる。

(四) 左手により自力で食事することができる。

(五) 家族が付き添つてではあるが、気分転換のため外出している。

(六) 退院後、専門的知識技能を有する者の看護は受けておらず、被控訴人の長女万紀子が家事のかたわら被控訴人に付き添つて不便を解消している。

3 以上によれば、被控訴人は、重度の神経系統の機能障害が認められるとしても、少なくとも生命維持に必要な身の回りの処理すなわち自力による移動や食事、用便は可能であつて、家族付添人がときおり介助すればよりスムーズに行えるという程度のものである。したがつて家族付添人の介護も、日常生活の中で日常家事に特段の支障をきたすことなく容易になしうる介護といえる。それゆえ被控訴人の後遺障害は、自賠法施行令二条別表の二級の三「神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、随時介護を要するもの」又は三級の三「神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、終身労務に服することができないもの」に該当する。

4 なお、被控訴人の後遺障害は、神経系統の機能障害であるから、目に見える改善は期待しえないとしても、日増しに改善を期待しえないものではなく、被控訴人本人の努力によつて家族付添人の介護の内容程度も軽減される可能性が残されていることは、経験則上否定しえない。現に被控訴人は、杖を用いて戸外に出て散歩したり、車に乗せてもらつてドライブを楽しむことができるほどに回復しており、他方被控訴人を介護していた長女万紀子は、昭和五八年三月他家へ嫁ぎ、その後は七七歳の義母曽根キミノが被控訴人を介護している状況である。このように被控訴人の後遺障害は徐々に回復基調にあり、今後更に改善が期待しうる。

5 したがつて、被控訴人の後遺症による損害は、以上のような事情をしん酌して算定されるべきである。

三  介護料について

被控訴人の前記二のような退院後の生活状況からみて、その介護料は、日額二〇〇〇円を超えないものとするのが相当である。

(控訴人の右主張に対する被控訴人の認否と反論)

一  被控訴人の後遺症状は、全く改善されていないし、その見込みもない。かえつて、筋力の衰えのため、運動能力が悪化する傾向が大である。

二  被控訴人の自力による移動は、家の中をいざつて這える程度である。食事は左手で物をわしづかみにして食べることができるにすぎず、用便は家族が便所まで付き添い洋式トイレに座らせたらできる状態である。杖を用いて自力で戸外を散歩することはできない。戸外へ出るときは夫が抱きかかえている。夫の運転でドライブに連れて行つてもらうことはあるが、これは気分転換のためで、目的地で車外へ出ることはない。

三  被控訴人の長女万紀子が昭和五八年三月一七日訴外植野正信と婚姻したことは認める。しかし婚姻後も、万紀子は被控訴人宅から三、四百メートルの近くに居を構え、毎日午前七時ころから夕食が終るまで付きつきりで被控訴人の介護をしている。万紀子が自宅へ帰つたあとは被控訴人の夫曽根音重と義母曽根キミノが被控訴人を介護しているが、キミノは七八歳の高齢で、体力がなく、トイレ、入浴等体力を要する介護は、夫の音重がしている状況である。

(被控訴人の附帯控訴の理由)

原判決はその理由第三項の1ないし9で被控訴人の損害額を七五七二万一二七一円と認定しながら同項の10の合計額算定で同項の6の一五六万八〇三一円の計上を忘れ七四一五万三二四〇円と算定し、それに基づき過失相殺前の損害額を六八三三万六一三九円、自賠責保険からのてん補を除いた金額を一九八〇万一六八三円、弁護士費用を一九〇万円としたが、原判決の認定したとおり過失相殺前の損害額の合計は六九九〇万四一七〇円、労災保険からのてん補、過失相殺、自賠保険からてん補を除いた控訴人の負担すべき損害金は二〇七四万二五〇二円となり、原判決に倣い弁護士費用を損害額の一〇パーセントとすると二〇〇万円となるから附帯控訴によりその是正を求める。

第三証拠

原審・当審記録中の各証拠関係目録記載のとおりであるから、それらを引用する。

理由

一  請求原因1(事故の発生)及び3(控訴人の責任原因)の各事実は、当事者間に争いがない。

二  請求原因2について

1  被控訴人が本件事故により脳挫傷、右大腿骨及び肋骨骨折の傷害を受け、その治療のため、〈1〉事故当日の昭和五三年一〇月二六日から昭和五四年一月一八日まで高松市にある県立中央病院に、〈2〉右同日から同年七月一七日まで観音寺市にある国立三豊療養所に、〈3〉右同日から同年九月二〇日まで同市にある三豊総合病院(この間、九月一日から同月一〇日まで小林整形外科医院)に、〈4〉同年同月二一日から昭和五五年四月一三日まで前記国立三豊療養所に入院したこと、右の頭部外傷の後遺症として、被控訴人に昭和五五年四月一〇日症状固定と診断された右片まひ、言語障害があることは、当事者間に争いがない。

2  いずれも成立に争いのない甲三、九号証、原審証人曽根音重、原審・当審証人植野(旧姓曽根)万紀子の各証言を総合すると、次の事実が認められる。

被控訴人の後遺症については、他覚的所見として、右半身不全まひ(しびれ感)、関節運動機能障害(筋力著減)が認められる。被控訴人は昭和五四年四月一三日退院後は自宅で寝たり起きたりの生活で、家族の者に起してもらい、又は左手でひもを引つ張つて自分で起き、テレビの前の座いすのところまできて、三〇分か一時間坐つてテレビを見るなどすると、また寝床に戻つて横になる。右手、右足が使えず、左手で杖を用いて歩行することも難しく、自宅では這つて体を移動させている。食事や洗顔は左手でする。用便は、家族の者に洋式便所まで連れて行つてもらつたあと自分ですます。着替えや入浴時の身体洗いは家族の者にしてもらう。喜怒哀楽の情動の抑制が障害され、急に泣き出したり、怒つてかみついたりすることがある。車に乗せて景色を見せると落ち着くので、気分転換のため家族の者が週三、四回ドライブに連れ出す。ただし、車から降りることはない。被控訴人の世話は、主に長女の万紀子がしてきた。万紀子は、昭和五八年三月一七日訴外植野正信と婚姻したが、被控訴人を介護する必要から、被控訴人宅より二、三百メートル先に新居を構え、毎朝六時ごろ被控訴人宅へ行つて用便とか朝食の世話をなし、自宅へ帰つて勤めに出る夫を送つた後また被控訴人宅へ行つて夜七時か八時ごろまで被控訴人の面倒を見ている。被控訴人は夜寝てしまえば朝起きるまで手間がかからない。

以上のとおり認められる(もつとも、被控訴人の長女万紀子が昭和五八年三月一七日訴外植野正信と婚姻したことは、当事者間に争いがない。)。そうすると被控訴人は、頭部外傷後遺症により、自宅外の行動は全くできず、自宅内での日常行動について随時他人の介護を必要とし、また情意の障害があるため随時他人による看視を必要とするものであつて、右後遺障害は、自賠法施行令二条別表の二級の三「神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、随時介護を要するもの」に該当すると認めるのが相当である。

三  そこで、以下請求原因5(損害)の点について判断する。

1  治療費、入院付添費、入院雑費、寝台車使用料金、医師謝礼等、休業損失

右各損害項目についての当裁所の判断は、原審の判断と同じであるから、原判決一三枚目裏一行目から一六枚目裏八行目までをここに引用する。ただし、原判決一四枚目裏四行目の「原告は」から六行目の「前認定のとおり」までを「被控訴人が」と改め、同枚目裏八行目の「合計一四六日であること」から一〇行目の「思料されるので」までを「合計一四六日であるところ、弁論の全趣旨により職業的付添婦の付添費は日額七〇〇〇円を下らないものと認められるので」と改める。

2  後遺症による逸失利益

前記二認定の事実によれば、被控訴人は、前記後遺症により、その労働能力を一〇〇パーセント喪失したと認めるのが相当である。

当裁判所の引用する原判決理由欄三の6の認定事実に基づき、昭和五五年七月一日に昇給したものとして被控訴人の年収額を計算すると、次の算式により一八三万四九七五円である。

〈(3,100×1.0571×1.0473+240)×306+(4,000×12)+(3,100×1.0571×1.0473×146.82)+{3,100×1.0571×1.0473×(27.71+18.75)}=1,834,975〉

成立に争いのない乙四号証によると、被控訴人は、昭和六年一二月一五日生まれであることが認められるから、症状固定時には四八歳であつた。昭和五六年簡易生命表によると、四八歳の女子の平均余命は三二・九九である。以上によると、被控訴人は、本件事故がなければ四八歳から六七歳まで(一九年間)稼動し、毎年一八三万四九七五円を下らない収入を得られたはずであるのに、前記後遺症によりその全部を失うことになつたものと認められる。そこで、右逸失利益の症状固定時の現価を、ホフマン式計算方法(年毎方式)により年五分の中間利息を控除して算定すると、二四〇六万七五三二円となる(算式1,834,975×13.116=24,067,532)

なお、右の計算では、年収額を昭和五五年七月一日昇給したものとして計算したので、正確にいえば、症状固定日から最初の一年分の年収額は一八三万四九七五円を下回るわけであるが、その後の昇給を考慮しない逸失利益の請求を被控訴人が本訴でしていることにかんがみ、右のような計算も許容されるものと考える。

3  介護料

前記二認定の事実に四八歳の女子の平均余命が前記のとおり三二・九九であることを総合すると、症状固定後被控訴人が他人の介護を必要とする期間が被控訴人主張の二五年を下らないことを推認することができる。ところで、介護料の額は、前記二の介護の状況にかんがみ、一日につき三五〇〇円と認めるのが相当である。そこで、右介護料の症状固定時の現価を前記ホフマン式計算により中間利息を控除して算定すると、二〇三六万八四六〇円となる(算式3,500×365×15.944=20,368,460)。

4  慰藉料

以上認定の事実その他本件に現れた諸般の事情を勘案すると、本件事故によつて受けた被控訴人の精神的苦痛を慰藉すべき金額としては、傷害につき二四〇万円、後遺症につき一三三〇万円が相当である。

5  過失相殺

いずれも成立に争いのない乙一号証の一ないし五及び乙三号証、原審証人大西洋造、同曽根音重の各証言、原審における控訴人本人尋問の結果を総合すると、次の事実が認められる。

(一)  本件事故現場は、東西に通じる県道岡田善通寺線(以下、甲道路という。)と南北に通じる県道丸亀三好線(以下、乙道路という。)とが十字型に交わる交差点である。その状況は、原判決添付別紙図面のとおりであり、北西角と南西角とに民家があるため、甲道路を東進する車両と乙道路を南進・北進する車両とは相互に見通しがきかない。乙道路には、右図面表示の位置に一時停止の標識が設けられ、道路上に白線で停止線が表示されている。信号機等による交通整理は行われていない。

(二)  控訴人は、普通貨物自動車を前方を注視しながら制限速度の時速五〇キロメートルで運転して甲道路を西から東へ向け直進通過すべく、右交差点の手前で右図面表示のとおり幅員が狭くなつていたので時速約四〇キロメートルに減速したものの、徐行を怠つて右交差点の西端から東へ三・四メートル進入した地点で、乙道路を北から南へ向け直進してきた被控訴人の単車の前輪右側と控訴人車の左前角が右交差点内で衝突し、本件事故が発生した。

衝突するまで控訴人は被控訴人の単車に気付かなかつた。

(三)  被控訴人は、原動機付自転車を運転して乙道路を南進し、右交差点北側の一時停止線から南へ一・五メートル近く直進したとき本件事故となつた。被控訴人は、交差点に進入する直前その手前で一時停止したかどうか判然しない。

以上のとおり認められる。控訴人は、前方を注視して甲道路を進行したから、被控訴人が一時停止の標識に従つて右図面表示の停止線で停止していれば、被控訴人の単車を控訴人が認めることができたはずであるのに、本件事故が発生してはじめて控訴人は被控訴人の車両に気付いたことから、被控訴人が一時停止を怠つたことが明らかであると主張し、控訴人が前方を注視して甲道路を進行し、本件事故が発生するまで被控訴人の車両に気付かなかつたことは、前示のとおりである。しかし、甲道路を西方から交差点に向け東進してきた控訴人からは右交差点の北西角まで一杯に建つている民家に遮られて、乙道路を北側から南進してきた被控訴人の単車が同交差点の北側の前記一時停止線の手前で一時停止したか否かを確認することは不可能であること及び原審における控訴人本人の供述によつて認められる、控訴人は交差点に進入する際、左右に交差する乙道路上の交通の安全確認をしなかつたことに照らすと、前方を注視したままで甲道路を直進していた控訴人が本件事故が発生するまで被控訴人の車両に気付かなかつた事実から直ちに被控訴人が一時停止線の手前での停止を怠つたものと推断することはできない。他に控訴人が主張するように被控訴人が右の一時停止を怠つたことを認めるに足りる証拠はない。

結局、本件全証拠によつても、本件事故は、被控訴人が一時停止を怠つて交差点に進入して発生したものか、一時停止後発進してから発生したものか、明らかでないが、過失相殺の基礎となる被害者の過失の立証責任が加害者の控訴人にあることにかんがみ、被控訴人に有利に、本件事故は、被控訴人が一時停止の標識に従つて前記図面表示の停止線で一時停止後発進してから発生したものと解するのが相当である。もつとも、そうであつても、被控訴人はその単車が右停止線を通過してから一・五メートル足らず南へ直進しただけの極く至近距離で控訴人の貨物自動車と衝突したことにかんがみると、この衝突事故の発生につき、被控訴人にも見通しの悪い西側の甲道路上の交通の安全を十分に確認しないまま、停止線の南側へ進入した点に、軽からぬ過失があつたものと推断することができる。

以上検討したところによれば、本件事故は、被控訴人の右過失と控訴人の見通しの悪い交差点での徐行義務及び左右道路上への安全確認義務を怠つた過失とが競合して発生したものというべく、双方の過失割合は、五分五分と評価するのが相当である。

したがつて、損害賠償額の算定に当つては、被控訴人の右過失割合にしたがい五割減額すべきである。

6  損害のてん補と残額

(一)  労災保険

(1) 労災保険から被控訴人が診療費四〇一万八五八八円と休業損失一七九万八五一三円の支払を受けていることは、当事者間に争いがない。

(2) ところで、労働者災害補償保険法は、一二条の二の二第二項で、労働者が故意の犯罪行為若しくは重大な過失により、負傷の原因となつた事故を生じさせたときは、政府は、保険給付の全部又は一部を行わないことができるものとし、労働者の過失によつて傷害事故が生じたとき、その過失が重大なものでないかぎり、政府は給付の制限を行わない。これは、損害てん補の性格を有する自賠責保険と異なり、労災保険が損害てん補的性格よりも社会保障的性格を強く持つていることを示すものと解される。したがつて、交通事故による損害の一部を労災保険給付によりてん補された被害者に過失相殺事由がある場合、右の労災保険の社会補償的性格を重視し、過失相殺は、保険給付分を控除した残額に対してすべきものであつて、一部てん補前の全損害に対してすべきものではないと解するのが相当である(ちなみに、労働者災害補償保険法一二条の四によると、保険給付をした政府は、その給付の価額の限度で保険給付を受けた者が第三者に対して有する損害賠償の請求権を取得するとなつているが、その請求権を代位行使する場合、右の第三者から過失相殺の抗弁の対抗を受けるのを免れないものと解される。)。

(二)  そこで、前記1の治療費四八一万〇六三三円から保険給付金四〇一万八五八八円を控除した残金七九万二〇四五円、入院付添費一七五万七〇〇〇円、入院雑費五三万六〇〇〇円、寝台車使用料金四万八〇〇〇円、医師謝礼等三万三八〇〇円、休業損失二五〇万六三〇三円から保険給付金一七九万八五一三円を控除した残金七〇万七七九〇円、前記2の後遺症による逸失利益二四〇六万七五三二円及び前記3の介護料二〇三六万八四六〇円、前記4の慰藉料一五七〇万円の合計金六四〇一万〇六二七円のうち、その五〇パーセントを過失相殺として減額すると、損害額は三二〇〇万五三一三円となる。

(三)  自賠責保険金

被控訴人が自賠責保険金二一二〇万円の支払を受けたことは、当事者間に争いがない。これを右損害金三二〇〇万五三一三円から控除すると、残損害金は一〇八〇万五三一三円となる。

7  弁護士費用

被控訴人が本件訴訟の提起、遂行を弁護士に依頼したことは、弁論の全趣旨により明らかである。本件事案の内容、審理の経過、認容額等にかんがみると、控訴人が賠償すべき弁護士費用としては、一一〇万円が相当である。

四  以上によれば、本訴請求は、右三67の合計金一一九〇万五三一三円及びそのうち弁護士費用一一〇万円を控除した一〇八〇万五三一三円に対する不法行為後で症状固定後である昭和五五年四月一四日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で認容すべきであるが、その余は失当として棄却すべきであるから、控訴人の本件控訴にもとづき、右と異なる原判決をその旨変更し、被控訴人の附帯控訴は理由がないので棄却し、訴訟費用の負担につき、民訴法九六条、九五条、八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 菊地博 滝口功 渡邊貢)

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